死というものについて少し考える
会社同期入社の友が亡くなった。社内で半ば強制されていた「さんづけ」などしないで(ましてや君づけなどしないで)呼び合う間柄だった。お互いのリタイア後は2,3度遭遇したくらいで、年賀状のみの交友だったが、そう言えば、いつも年賀状に一言自筆を入れて来るのに、今年は印刷文のみでちょっと訝しく思ったのだった。
電話をくれた奥様から、1年あまりの闘病生活だったことを知らされた。年賀状を書くのも辛かったのかもしれないと思うと胸が痛んだ。
前立腺ガンだったそうだ。PSA検査は毎年受けていたが、それをすり抜けるガンだったらしい。お通夜の席で、病院関係者たる娘さんが最後献身的に看病されたこと、本人は家族の前では一言も「痛い」と言わなかったことがさらりと紹介された。
辛い。
お通夜の式場は彼の元部署の関係者や、娘さんの病院の関係者で溢れていたが、翌日の告別式は少し寂しかった。何回かお会いしたことのある奥様にお悔やみを申し上げた。
「○○さんも気をつけて」と言われた。
思えば私も数年前、前立腺肥大の手術をしている。その後毎年の健康診断でPSA検査はオプションでやってもらっているのだが、万能ではないということである。
40数年前、この地の事業所に配属された約30人の同期のうち、3人が亡くなっていることになる。約1割・・・多いのではなかろうか。平均寿命に達しない死は辛いものである。ご家族の心痛を思う。
私の父は59歳で急逝した。平均寿命よりはかなり手前であり、家族は大きなショックを受けたものである。ガンではなく、脳血管障碍だったが、我が最愛の(!)妻は言う。「同じ欠陥が詰まるとしたら、(後遺症が残る可能性のある)脳梗塞ではなく、心筋梗塞にしてね」。うむ、出来ればそうありたい。
だから、逆に(近頃は、度重なるぎっくり腰、初めての膝痛、痛い歯牙治療などで少々憂鬱だが、それらも超越して)一日一日を大事にしたいと思う。
愛するものもけっこう多い。歌(抒情歌、第九、カラオケ)、たまの美食、たまの小旅行、そして、二人の孫!(新しい生命は1歳ちょいになった。かわいい盛りである)。




































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